2024年4月29日、米国雇用機会均等委員会(EEOC)は、職場でのハラスメントに関して長らく待ち望まれていた新ガイダンスの更新を25年ぶりに発表しました。EEOCのガイダンスはアメリカの職場において雇用者も従業員も職場におけるハラスメントや差別に対処するためぜひ知っておくべき内容です。今回はEEOCのアメリカの職場におけるハラスメントや差別に関する新ガイダンスについて詳しくご紹介します!
この新しいガイダンスは、1987年から1999年にかけてEEOCから発行された5つのガイダンスが189ページにまとめられたもので、人種、肌の色、宗教、性(妊娠、出産、それらに関連する医療条件、性的指向、性自認を含む)、国籍、(身体的および精神的)障がい、年齢(40歳以上)、および遺伝子情報などに基づく様々なタイプのハラスメントに対するEEOCの見解が明確に記されています。
また新しく取り込まれたLGBTQ+従業員の権利などに関する見解の他に、オンラインコミュニケーションやソーシャルメディア、リモートワークなど現代社会や職場環境の状況にも対応したものとなっています。また、同ガイダンスには、連邦差別禁止法の下で保護されるそれぞれのカテゴリーにおける個人に対するハラスメントに関して豊富な具体例があげられています。
EEOCは、ガイダンスの更新は長らく停滞していましたが、差別に関する訴訟に対する連邦最高裁判所の判決や、その他の新たな問題に対応するために、これらの更新を実施したとのことです。更新されたガイダンスは直ちに有効となっています。
米国雇用機会均等委員会(EEOC)とは
米国雇用機会均等委員会(EEOC)は、1965年に連邦公民権法の下で設立されました。米国雇用機会均等委員会(EEOC)は、人種、肌の色、宗教、性別(妊娠・出産・関連する疾患、性自認、性的指向を含む)、国籍、年齢(40歳以上)、(身体的および精神的)障がい、遺伝子情報などを理由に求職者や従業員を差別することを違法とする連邦法の遵守と監督を担っており、雇用差別に関わる訴えを受理し、それに関して調査、和解のための調停作業を行うとともに、調停が成立しない場合には、提訴を行うなどの手続きを行なっています。
従業員15人以上の雇用主はEEOC法の対象となります。(年齢差別と遺伝子差別の場合は20人)。ほとんどの労働組合や公的機関も対象となります。
また、法の内容についてガイドラインを作成する委員会は連邦レベルと州レベルに設置されています。今回25年ぶりに更新された新しいEEOCガイダンスは法的拘束力を持つものではありませんが、「EEOCが現在施行されている雇用機会均等法(EEO)に基づくハラスメントの請求に適用されるハラスメントの基準と雇用者の責任に関する法的分析」を提供する内容となっています。
アメリカの雇用差別やハラスメント防止に関する重要タイムライン
アメリカにおける雇用差別禁止やハラスメント防止に関する歴史は長く、これまでに様々な法律が制定され実施されてきました。重要なタイムラインは以下の通りです。
1963年
男女同一賃金法が制定され、性別に基づく賃金差別が禁止されました。
1964年
公民権法第7編(タイトルVII)が制定され、本法が人種、性別、肌の色、宗教、国籍などに基づく雇用差別とハラスメントを禁止し、その翌年に米国雇用機会均等委員会(EEOC)が設立されました。
1967年
雇用年齢差別禁止法(ADEA)が制定され、40歳以上の個人に対する年齢差別が禁止されました。
1972年
EEOCに民間企業に対する訴訟権限が付与されました。
1978年
妊娠差別禁止法が制定され、妊娠に基づく差別が性差別として違法であることが明確にされました。
1990年
(身体的および精神的)障がいを持つアメリカ人法(ADA)が制定され、障がい者に対する雇用差別が禁止されました。
2008年
遺伝子情報差別禁止法が制定され、遺伝子情報に基づく差別が禁止されました。またADA法が改正され、「障がい」の定義が拡大され、より多くの人々がADAの保護を受けやすくなりました。
2009年
オバマ大統領により、リリー・レッドベター公正賃金法が制定されました。この法律は男女の賃金格差を是正するための重要なステップとなりました
2015年
EEOCは、職場でのセクシャルハラスメントやその他のハラスメントに対する社内トレーニングを含む取り組みを強化し、企業に対して厳しい措置を講じるよう求めました。
2017年
映画プロデューサーであるハーヴェイ・ワインスタイン氏による女優陣への長年の性的暴行とセクシャルハラスメントの行為がニューヨーク・タイムズ紙により暴露され、#MeToo運動が活発化しました。
2020年
米国連邦最高裁判所は、1964年の連邦公民権法第7編はレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クィア(LGBTQ)従業員を性別に基づく差別から保護するとの判決を下しました。
2022年
一部の州では、ハラスメント防止に関する法令が改正され、企業に対して定期的な社内トレーニングや報告義務が課されるようになりました。
現在
多様性(ダイバーシティ)と包括性(インクルージョン)を促進するための企業の取り組みがさらに拡大し、従業員の保護と公平な雇用環境の構築およびその提供が進められています。
2023年に提起された雇用差別訴訟の数
2023年には、EEOCに合計88,794件の職場差別の申し立てが寄せられ、アメリカの職場における差別が依然として蔓延していることが浮き彫りになりました。これらの申し立てには、人種、性別、年齢、障がい、性的指向など、さまざまな形態の差別が含まれています。職場における差別は、微妙なマイクロアグレッションから、露骨な嫌がらせや明らかな報復行為まで、さまざまな形で現れます。EEOCは2023年に83,787件の職場での雇用差別の申し立てを調停、和解、訴訟を通じて解決し、差別の被害者に対して3億4620万ドルの和解金をもたらしました。
最も顕著な職場差別
88,794件の職場差別の申し立ての中で最も多かった職場差別は嫌がらせと報復行為でした。
嫌がらせ(Harassment)
2023年、EEOCは504件の嫌がらせ訴訟を提起し、被害者に対して4530万ドルの和解金を獲得しました。これらの訴訟の多くは、被害者が人種や性別など法的に保護された特性(プロテクテッドカテゴリー)に基づく嫌がらせに対して申し立てを行ったものです。
報復行為(Retaliation)
報復行為も職場差別でよく見られる差別です。これは例えば従業員がセクハラ差別の苦情を申し立てた結果、雇用者から報復行為として解雇される、もしくは本人が望まない不利なポジションに異動を命じられるなどの行為にあたります。2023年には、EEOCが職場での報復行為の被害者を代表して244件の報復訴訟を提起し、被害者に対して2270万ドルの和解金をもたらしました。報復行為に対する申し立ては近年、増加傾向にあります。
新しいEEOCガイダンスの概要
今回の新しいガイダンスは、ハラスメントの法的分析と、EEOCが施行されている法令に基づく雇用主の責任を課す基準に焦点を当てており、「人種、肌の色、宗教、性(妊娠、出産、それら関連する医療条件、性的指向、性自認を含む)、国籍、(身体的および精神的)障がい、年齢(40歳以上)、または遺伝子情報に基づくハラスメントから従業員を保護する」ことを目的としています。またEEOCは雇用主は従業員を上司や同僚からのハラスメントを防ぐだけではなく、顧客やベンダー、訪問者などからもハラスメントを防ぐ責任があると述べています。
新ガイダンスにおける注目すべき5つのポイント
新ガイダンスでは、77の事例を通じて、保護されるクラスやハラスメント行為に関する委員会の見解が示されていますが、特に注目すべき5つのポイントは次のとおりです。
1.LGBTQ+の権利
EEOCの新ガイダンスで最も注目すべき変更点の一つは、LGBTQ+従業員の権利についてです。この変更は、2020年の連邦最高裁判決「Bostock v. Clayton County」に基づいており、この判決では、性別アイデンティティや性的指向に基づいて従業員を差別することはタイトルVII(1964年に作られた雇用差別を包括的に禁止する連邦公民権法第7編)の下で違法な性差別にあたるとされました。EEOCの新ガイダンスでは、タイトルVIIの下で性差別を定義し、「個人の性別アイデンティティに一致しない名前や代名詞を繰り返し意図的に使用すること(ミスジェンダリング)や、その人の性別アイデンティティに合ったトイレやその他の性別区分のある施設へのアクセスを拒否すること」も含まれるとしています。性的指向や性別アイデンティティに基づくハラスメントの例としては、侮辱的な言葉、身体的暴行、本人の許可なく性的指向や性別アイデンティティを開示すること、そしてその人が性別に関連するステレオタイプとは異なる方法で自分を表現しているために起きるハラスメント行為などが挙げられています。
2.妊娠、出産、避妊や中絶に対してのハラスメント
妊娠、出産、または避妊の使用や中絶に関する選択などに対して、例えば、つわりのために従業員の労働能力について否定的なコメントをすることや、パイプカットを受けるという男性の決断に関するからかいのコメントをすること、授乳中の従業員に対する不適切な行為を行うことなども性差別およびハラスメントの一環であることを明確にしています。
3.肌の色
新ガイダンスでは肌の色に基づくハラスメントを人種や国籍に関連するものから分離し、「肌の色に基づくハラスメントは、個人の色素、顔色、または肌の色調に起因するものであり、人種や国籍に基づくハラスメントとは独立してタイトルVIIでカバーされる」と明確にしています。肌の色に基づくハラスメントには、肌の色に関する特定のコメントや、同じ人種の従業員グループ内で肌の色が異なる人々に対するハラスメントが含まれます。
4.オンラインハラスメント行為
新ガイドラインではビデオ会議中の悪意あるコメントや攻撃的な画像の送信などもハラスメントになる可能性があるとしています。また、職務とは関係のないプラットフォーム上での行為、例えば特定の従業員を対象にしたソーシャルメディアアカウントでの嫌がらせ行為なども、ハラスメントとなる可能性があります。
またオンラインミーティングにおいて暴力や憎悪のシンボルの表示、卑下する動物のイメージの使用、人種差別的な表現の使用などもハラスメントに含まれます。
5.クラス内および交差するハラスメント
ガイダンスでは、様々な種類のハラスメントも説明されており、「クラス内ハラスメント」とは、ハラスメントを行う者とハラスメントを受ける者が同じ保護カテゴリーに属する場合に発生するものです。例えば、女性従業員が他の女性従業員に対して子供を持つか持たないかについて「家族よりキャリアを選ぶのは悲しいことだ」や「母親は子供と一緒に家にいるべきではないか?」などと発言した場合、全ての当事者が女性であるにもかかわらず、この発言は性別に基づくハラスメントに該当します。
「交差するハラスメント」とは、個人が複数の保護カテゴリーに属しているためにハラスメントを受ける場合を指します。例えばアフリカンアメリカンの女性がアフリカンアメリカンの女性に関するステレオタイプに基づいてハラスメントを受ける場合、それは人種および性別のハラスメントの両方に該当します。
EEOCは新ガイダンスはリモートワークで働く従業員にも適用されるという見解を示しています。
また、新ガイダンスは、ハラスメントの申し立てに対応する際の雇用主へのアドバイスや、ハラスメントの発生を防ぐための方法も提供しています。
企業はEEOCの新ガイダンスに基づいて社内ポリシーの更新を!
企業はEEOCの新ガイダンスに基づき、社内のハラスメント防止ポリシーを更新する必要があります。特に新ガイダンスは新しくLGBTQ+従業員に対するハラスメントやに妊娠や出産、避妊や中絶に関するハラスメント、オンラインハラスメントに対する見解を明確に示しているため、企業の新ポリシーもそうしたハラスメントを禁止することが求められています。
また新しく企業のポリシーを作成する際に、従業員のハラスメント防止への理解を深めるため、下記のような禁止される行為の事例を記載することが推奨されています。
・従業員の性自認に一致するトイレの使用の拒否
・トランスジェンダーの従業員を意図的に誤った性別で呼ぶこと
・避妊やその他の生殖に関する選択についてのハラスメント
・ビデオ通話中の背景に人種差別的な画像の表示
・ビデオ通話中に見えるベッドについて性的なコメント
EEOCの新ガイダンスについて、
さらに詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。
Enforcement Guidance on Harassment in the Workplace
https://www.eeoc.gov/laws/guidance/enforcement-guidance-harassment-workplace
一般的に職場における差別やハラスメントに対する規制は日本よりもアメリカの方が厳しく、アメリカで働く際には雇用主も従業員も職場における差別やハラスメントに対して、より敏感になり理解を深めることが求められます。
今回の記事を参考にセクハラ、パワハラだけではないアメリカの職場における多様な差別禁止やハラスメント防止への理解を深め、差別やハラスメントのない快適な職場環境の育成に、ぜひとも役立ててみてください。
参照
https://www.eeoc.gov/laws/guidance/enforcement-guidance-harassment-workplace
https://www.littler.com/publication-press/publication/eeoc-updates-workplace-harassment-guidance
https://www.daypitney.com/insights/publications/2024/05/21-eeocs-guidance-harassment-challenged/
https://www.eeoc.gov/youth/timeline-important-eeoc-events
https://www.atrainceu.com/content/1-brief-history-harassment
EEOC’s New Guidance on Workplace Harassment Being Challenged
【監修】
酒井謙吉 Ken Sakai
President & CEO
Pacific Dreams, Inc.(www.pacificdreams.org)