このコーナーではアメリカでの就職・転職活動に役立つようなトレンド記事を紹介しています。今回はアメリカ労働市場の現況について、Pacific Dreams, Inc.の酒井謙吉氏の記事をご紹介させて頂きます。
【執筆者】
Pacific Dreams, Inc.
President & CEO
酒井謙吉
www.pacificdreams.org
Tel:503-783-1390
Pacific Dreams, Inc.は、迅速で精度の高い技術翻訳サービスを手頃な価格で提供することを目的に、オレゴン州のポートランドにて酒井謙吉氏とアイリーン酒井氏によって1992年に設立されました。現在は翻訳サービスに加え、全米50州の日系企業に対して人事・労務コンサルティング・サービスを提供しています。
【第4回】完全雇用まであとわずか
アメリカ労働市場の過熱による人材募集の競争激化
アメリカ国内の景気回復にともなって失業率の改善が2014年から2015年にかけて顕著に現れています。すでにアメリカの平均失業率は昨年後半から6%台を割り込み、直近の2015年4月には5.4%まで下降を続けています。アメリカでは失業率が5%前半に入れば、ほぼ完全雇用に近い状態だとみなしてよいと考えられているため、いよいよそのような状態に突入したといってよい状況です。失業率が下降するのにしたがって懸念されることは、雇用主にとっては従業員の売り手市場や労働市場の過熱に伴う賃金上昇と人材募集における競争激化、さらに自社従業員の離職率の上昇などが挙げられます。
昨年12月にManpower 社が顧客企業に対して行った雇用調査によりますと、雇用を増やすと回答した企業が雇用を減らすと回答した企業を10ポイント以上も上回っていることが判明し、企業の雇用意欲は引き続き旺盛であり、今後とも継続するものと考えてよいでしょう。このような調査結果は、他社の行ったアンケート調査からもほぼ同じような傾向が出ており、給与レンジについても、ポジションや肩書きによって差はあるものの、おおむね2.5 – 3.5 %の範囲で昇給を考えている企業が一番多いことが最新の調査で示されています。
さらにリーマンショック後には10%前後まで下がった従業員の離職率は現在はおよそ15%前後で推移している模様で、この数字は今後もっと高くなることが予想されます。優秀な従業員が自社を辞めて競合他社に移ってしまうことは企業にとっては最も大きな打撃のひとつであり、辞めた従業員の代わりの従業員を短期間で採用するのはますます困難な状況になることも予見されます。とりわけIT関連での従業員の採用はどの業界からでも引く手あまたであり、給与相場の上昇もそのレンジの最上位に達しつつあるといっても過言ではありません。
1. 課題は従業員の満足度の向上
現在働いている従業員の満足度を高め、職場での定着率を高めていくことは企業にとっては喫緊の課題でありましょう。現在勤めている従業員が辞めて代わりの従業員を募集をかけて採用し、育成していくことはそれなりのコストと時間がかかり、優秀な人材を短期間で見つけるのはもはや容易なことではないのです。興味深いことに日系企業では、離職率の高い企業と低い企業との差が開いており、業種や業界にもよるのですが、離職率のバラつきが米系企業よりも大きくなる傾向にあります。
2. 10%程度の離職率は必要
離職率が高い日系企業では恐らく従業員の定着維持のための対策(これをリテンション対策と呼ぶ)を今までほとんど行っていなかったのではないかと察せらます。また、離職率の低い日系企業であってもたまたま離職する従業員が特に優秀な人材であったりして、痛手となっている模様です。離職率が少ないことは一見よさそうに見えるのですが、組織の人材の入れ替わりがほとんどないということは組織の新陳代謝が滞ってしまっているということにもなり、知らず知らずのうちに業績の停滞にもつながっている可能性があります。雇用期間は一切定めず、離職の自由、解雇の自由を認めているEmployment at-will が雇用上の大原則になっているアメリカではそもそも日本のような終身雇用とまではいかなくても、長期雇用という期待感さえも前提にはなっていないため、10%程度の離職率は組織においては最低限必要であると考えられている所以です。
ある雇用調査の結果からみると株式市場などで優良企業と評価されているアメリカの大手企業での離職率というのは平均よりも高いということが分かっています。それは何も頻繁にレイオフを繰り返したり従業員の首切りを常時しているというわけでもありません。ある程度の離職率があることで、そこには会社と従業員との間でそれなりの緊張関係が社内に存在します。また業績中心の評価制度が社内でしっかりと確立し、堅固に運営されているためであることも適度な離職率を生み出す要因になっていると思われます。
3. ベネフィットの向上でリテンション対策 -生命保険や研修費用の税控除など
もちろん優秀な従業員を引き止めておくためのリテンション対策を施しているという点では米国企業には一日の長があり、そこには各企業のノウハウがあります。それらのリテンション対策は必ずしもすべての従業員の満足度を同じように高めるということに焦点を置いているものではなく、物心両面での対策やサポートを従業員ごとにきめ細かく行っている場合が多いといえます。医療保険や401(k) などのリタイアメントプランは、従業員ごとに差をつけることは法律上できないことになっていますが、それ以外のベネフィットについては従業員ごとに差別化して提供することが許されているプログラムもあるのです。一例でいえば、運用目的のための会社名義で従業員にかける生命保険(COLI: Corporate Owned Life Insurance)などが挙げられるでしょう。(ただしCOLIは一般的なグループ保険とは異なります。)
COLIを行うためにはそれなりに会社の財力や安定性が必要とされますが、規模の大小にかかわらずほとんどの企業で提供可能なリテンション対策も存在しています。その代表格が従業員へのトレーニングや研修プログラムです。IRS(Internal Revenue Services: 内国歳入庁 )では研修費用としてアメリカにある企業に対して従業員一人当たり年間$5,250までの税控除を認めているのです。つまり、国(連邦)の企業税制は年間$5,250までの研修費用(外部セミナー会社や大学などの受講料なども含む)を従業員のために企業に使うことを奨励しているようなものなのです。
アメリカでは、マネジャークラスに集中してお金と時間をかけてトレーニングすることが最も費用対効果が高いと考えられています。それがひとつの企業にとってのベストプラクティスへつながる方向になるのではないかと申し上げることができます。トレーニングの提供を通じて従業員のスキルレベルをアップさせること以上に会社に対する満足度をアップさせる機会としてお考えいただければ、今後とも多くの日系企業の業績発展とリテンション対策とに大いに寄与していただけるものと期待したい所以であります。
お忙しい中、長文にもかかわらず、最後まで読んでいただき、どうも有難うございました。
Ken Sakai
President & CEO
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TEL: 503-783-1390 FAX: 503-783-1391
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HRMトーク2015年6月号
第55回:HRトレンドとベストプラクティスより記事転載
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