アメリカでは、日本からの駐在員として勤務している人やアメリカ現地で採用された人など数多くの日本人が活躍しています。このコーナーでは、アメリカで働く方々に“ハタラク”楽しさや難しさなどお話を伺いご紹介しています。今回はクリニカルサイコロジストの花川さんにお話を伺いました。
ニューヨークでハタラク、クリニカルサイコロジスト
花川ゆう子さん
NY State Licensed Clinical Psychologist
Certified AEDP Therapist & Supervisor
Zenger Certified Neurofeedback Trainer
常に初心に返って、謙虚な気持ちを持つことが自分のためにも、またクライアントさんのためにも必要なことだと思っています。
花川さんのお仕事について教えてください。
私は現在、クリニカルサイコロジスト(臨床心理学博士)としてニューヨークのマンハッタンで開業しています。来訪されるクライアントさんと話し合いながら、その方に一番適した治療を提供しています。クライアントさんの中には、ご自分の悩みをあまり話したくない方もいらっしゃれば、逆にご自身のことを話したい方もおられます。その方にとって一番心地よいと感じられる治療法をご一緒に探していきます。提供している治療は、カウンセリング、ヒプノセラピー(催眠療法)、ニューロフィードバックです。クライアントさんの症状は様々ですが、不安、不眠、パニック症、ストレス、怒りの問題、トラウマの問題などで来られる方が多いです。中にはパニック症状で電車やバスに乗れなくなってしまうくらい、普段の生活に支障が出ている方もいらっしゃいます。自覚症状を感じて、自ら来訪される方もあれば、ご家族や友人から勧められていらっしゃる方もあります。日本語で心をこめて優しく静かにお話を聞かせていただいております。
カウンセリングとはどのようなものでしょうか?
カウンセリングでは、AEDP(Accelerated Experiential Dynamic Psychotherapy)を用いています。このセオリーではクライアントの自己治癒力に注目し、感情に焦点をあてるヒーリングモデルが基になっています。AEDPの創設者はアデルファイ大学で教授をされていたダイアナ・フォーシャ博士です。AEDPではまず、セラピストとクライアントの間に安心した人間関係を構築していくことから始まります。セラピストはクライアントに対して、ケアしていることを言葉できちんとお伝えし安心感を持っていただくのが最初の一歩です。普段は人に見せないクライアントの感情が、安心すると感じられるようになります。感情が出てきたら、感情の体感覚やイメージにフォーカスしながらそれをプロセスしていきます。AEDPは深い効果を得ると同時にスピードにも特色があり、他の療法に比べて治療時間が比較的短いのが特徴です。また、AEDPでは臨床的な現象・体験を非常に大切にしており、分析や理論のみではなく体の反応などにも非常に注意を払うことも大きな特徴です。カウンセリングを続けていくと、リソースが減少し元気のないクライアントさんの中にも、生きるモチベーション、自分や他人に対する優しさ、自信、思考の明晰さや判断力、生きる力などが蘇ってくることが多いです。
ヒプノセラピーとはどういうものですか?
体と心をリラックスさせることで、普段はアクセスすることのできない潜在意識と対話することが可能となります。朝起きた時に頭が少しボーっとしていることがあるかと思いますが、ヒプノセラピーでの感覚は丁度そのような感覚です。意識と無意識の波打ち際を歩いていくようにクライアントと対話しながら、健在意識では届かない記憶へと退行していきます。深くリラックスした状態で、過去のトラウマ、未消化な感情、インナーチャイルドとの語らいをプロセスしていきます。症状の除去のみに焦点をあてるのではなく、未消化な感情、インナーチャイルドとの語らいをプロセスしていきます。その方自身の根底にある心の声を聞きだしていくことで過去から学びを得て、現在の自分に生かしていく作業です。ビジュアルワークの得意な方に適した療法となります。
ニューロフィードバックというのはどういうものですか?
ニューロフィードバックには様々な方法論があり、使用する装置や器具、ソフトウェアが異なります。私は音楽によってフィードバックを送る比較的新しい方法のNeurOptimalを使用しています。ニューロフィードバックは簡単にいうと、ストレスや病気によって乱れた脳波を修正し、本来あるべき理想的な状態になるよう整えていく方法です。専用のコンピューターの前に座っていただき、頭皮と耳たぶに、コンピューターに接続されたセンサーを装着します。そして、通常の脳波の状態を調べた後、セッションを開始します。セッションはリラックスした環境の中、イヤホーンから聞こえてくる音楽を聴きながら、コンピューター画面に表示されるグラフィックスを眺めていただくだけです。音楽を聞いていると、「プチプチ」といった雑音のような音が聞こえてきます。この音は脳波を修正するフィードバックで、音楽を通じて脳に送られてきているのです。脳は1セッションの間に何千回もフィードバックを繰り返し受けることにより脳波の乱れを修正していきます。このニューロフィードバックのよいところは、即効性がありリアルタイムに脳波のバランスを整えてくれることです。また、副作用がなく持続性があり、大人から子どもまで年齢に関係なくセッションを受けていただくことができます。不安や不眠症、うつ病、注意欠陥多動性障害(ADHD)、ストレス、パニック障害などの改善に効果があるといわれています。また、仕事の生産性が上がり、クリエィティブな問題解決方法も浮かんできやすくなることが多いです。
クリニカルサイコロジストになるために、どのような勉強をされてこられましたか?
日本で高校を卒業した後、新潟大学に入学しました。大学では行動科学を勉強していましたが、2年生の時にアメリカへ留学したいと思い、ペンシルバニアのピッツバーグにある大学へ行きました。静かで比較的小さめな学校でしたので、アメリカでの勉強をスタートさせるにあたって自分には合っていたかと思います。その頃はまだ将来の目標も決めていない中、勉強していましたが、ユング派の精神分析家でもある先生のクラスをとったことがきっかけで臨床心理学に興味を持つようになりました。また、ユングをきっかけに心理学者の河合隼雄さんのことを知り、この時期に河合隼雄さんの本をたくさん読みました。河合隼雄さんの本は、人間の深層心理について深くわかり易く書かれていて、わくわくしながら読み続けました。その頃は、まだ将来セラピストになりたいとは思ってはおりませんでしたが、心理についてもっと深く勉強したいと思うようになりました。その後、ニューヨーク大学の大学院に進学し、心理学を専攻しました。ニューヨークを選んだ理由の一つに、ユング派の研究所がニューヨークにあったということがあります。C.G. Jung Institute of New Yorkという機関で、一般向けのクラスもありましたので、大学院と並行してシンボリズムや深層心理とおとぎ話等いくつかクラスをとりました。ニューヨーク大学ではよい先生に恵まれ、繊細で深い人間の深層について勉強することができました。ニューヨーク大学で尊敬する教授の一人、Dr.ニコラス・サムスタグ教授がアデルファイ大学の出身ということがわかり、ドクタープログラムはアデルフィ大学に行くことを決めました。そして、2005年にアデルファイ大学の臨床心理博士課程を修了しました。
サイコロジストとしての仕事はどのようにスタートさせましたか?
アデルファイ大学のドクタープログラムで、一年間マンハッタンにあるセントルークス・ルーズベルト病院にてインターンシップを終了し、さらに同病院で一年ポスドクをさせていただきました。ポスドクが終了する頃、同病院でスタッフサイコロジストのオープニングのお話をいただき、そのままスタッフとして勤務することになりました。この病院では重症のクライアントさんを数多く担当させていただきました。仕事は大変でしたが、自分にとってとてもチャレンジングな貴重な学びの経験をさせていただいたと思います。9年間、病院のクリニカルサイコロジストとして勤務しながら、病院の敷地内に自分のオフィスを開設しクライアントを看てまいりました。マンハッタンの現在の場所に移ったのは昨年の7月です。セントラルパークやコロンバスサークルにも近く、アクセスにとても便利な場所で気に入っています。
やりがいと難しさについて教えてください。
クライアントさんはみなさん苦しくて訪ねていらっしゃいます。苦しい症状がなくなるだけでなく、ご本人が幸せだと感じられるところまでを癒しの大切な課程と考えておりますので、クライアントさんがどんどんよくなってきて、気力や体力などのリソースが回復してくるのが見えてきた時にとても大きなやりがいを感じます。この仕事での難しさは常にあります。例えば、自分ではベストを尽くしているつもりでも、クライアントとの相性がうまくいかないこともあります。先週大きなブレークスルーがあっても、今週のセッションではプロセスが滞ってしまうこともあります。その日、その瞬間ごとに刻一刻と変わっていく人の心を、できるだけ素直な心できちんと向き合って、目の前の現象をたどっていくことが難しいところでしょうか。
日々どのように心がけてお仕事にあたられていますか?
日々、仕事をしていく上で自分自身のコンディションを良い状態にしておくことを一番に心がけています。また、自我が肥大化していかないように務めています。どういうことかと申しますと、カウンセリングでクライアントさんが本来のご自分を取り戻していかれることは私にとっても一番の喜びです。うまく治療が行えたことに対して嬉しく幸せに感じることは自然のことなので素直に一緒に喜ばせていただきますが、一方でカウンセリングがうまくいったことを自我と連動させることは危険なことだと思っています。自分は素晴らしいことをしているんではないか。また偉くなったような気持ちになってしまうことがあればそれはとても危険なことだと思っています。自我が強くなってくると目の前のことすら見えなくなってしまうこともあります。また、うまくいかないことがあればクライアントさんのせいにしてしまうこともあるでしょう。常に初心に返って、謙虚な気持ちを持つことが自分のためにも、またクライアントさんのためにも必要なことだと思っています。
花川さんにとって仕事とは?
小さい頃、大人は人の話を聞くのが下手だなと思うことがよくありました。困ったことや辛いことがあった時に、大抵の大人の人はただ「大丈夫」と励ますだけで、深いところまで話を聞いてあげたり、本当の意味で親身に接してくれることが少ないと思っていました。本当に助けが必要な人に対して、言葉のかけ方、リーチアウトすることの難しさ、しっかり話を聞くことの難しさなどを子ども心に感じていました。大学生になって、初めて臨床心理に接した時には、人の心が理論的に説明されていること、学問として成りたっているということにとても感動しました。一方で大学院、博士課程と、学問として心理を深く勉強していく過程では、セラピストを将来の仕事とすることに対して不安も大きく迷いがありました。治療について意識が強くなったのは、大学院でAEDPについて学んだことが大きく影響していると思います。人が気持ちを分かってもらえる体験自体がすでに癒しであり、快感であり、大きな変容に結びつくことを何度も観察・体験していく中で、AEDPは治療にとても効果的なメソッドであると強く感じるようになりました。今、私にとってセラピストの仕事は天職だと思っています。毎日充実した気持ちで仕事にあたっています。AEDPやニューロフィードバックなど、効果的で比較的新しい手法を取り入れながら一人でも多くのクライアントさんのお役に立てればと思っています。
今後の抱負について教えてください?
私はAEDPのスーパーバイザーとして認定され、現在個人またはグループでのスーパービジョンを行っています。また、AEDPに興味を持たれたセラピスト向けにオンラインの勉強会も開催しています。勉強会では、AEDPの創始者のダイアナ・フォーシャ博士のAPAで出版されているセッションや私自身のセッションを一緒に見ながら、セッションの瞬間瞬間に起こっていることを確認したり、介入の選択、防衛をどう迂回して感情を深めていけるのかなどをディスカッションしています。深い効果と治療の速度を速めるAEDPを特に多くの日本人セラピストの方に知っていただき、理解を深めていただける活動を続けていきたいと思っています。また、現在、世界で初めてのAEDPの日本語訳の本の準備をしています。順調にいけば来年の春に日本で出版される予定です。活躍していらっしゃるたくさんの日本人セラピストの方に読んでいただけることを願っています。
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〔取材・文〕
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菰田久美子