「日本型」ジョブ型雇用が抱える課題 ~参考にすべき海外のジョブ型雇用と基本的な考え方~
最近、日本で「ジョブ型雇用」という言葉をよく耳にする様になりました。様々な所から多くの情報が出回っている一方で、結局それがどういった事なのか、これからどうなって行くのかという事がイメージしにくいと感じられる事もありませんでしょうか。
それら情報の中では、複数の要素が混同している事によって分かり辛い、または誤解を招きかねないといった状況も多々見受けられますが、この「ジョブ型雇用」について考える、あるいはプランニングしていくためには、働き方の基本的な部分を正しく理解する必要があります。そのため、今回は「ジョブ型雇用」を含めた働き方の方向性を整理し、日本で「ジョブ型雇用」を実現させる際の課題について考察しています。
1.疑問符だらけの既存情報
まずはおさらいになりますが、終身雇用制度でビジネス社会が回っていた日本での従来の働き方では、新卒者の一斉採用から定年まで同じ会社で務める中で、「各々が必要に応じて様々な役割をこなしながら回る組織」という「メンバーシップ型雇用」(非限定雇用)であった一方で、いま話題の「ジョブ型雇用」(限定雇用)は「各々の役割をある程度明確にした中で回る組織」と表現する事ができ、人に職務を付けるメンバーシップ型雇用ではジェネラリスト人材が求められ、職務に人を付けるジョブ型雇用ではスペシャリスト人材が求められるといった形になっています。概念の図式としては、終身雇用の反対は随意雇用(At-Will)であり、メンバーシップ型雇用の反対はジョブ型雇用といったイメージになります。誤解されがちですが、「終身雇用制度=メンバーシップ型雇用」という事では無く、終身雇用制度の中でもジョブ型雇用という形は考えられると同時に、随意雇用(At-Will)の中でメンバーシップ型雇用という形も成立し得るものになります。(その組み合わせが効果的かどうかという点はまた別の話になります。)
さて、ここまでは比較的ハッキリしているのですが、疑問符が付き始めるのは次の様な部分になります。日本で耳にするジョブ型雇用の情報としては、まずは「職務定義書(Job Description)がある」という事から始まり、「給与が成果給になる」「評価が職務でなされ、職能では無くなる」などといった事が挙げられますが、これが「通念的な意味でのジョブ型雇用」を指しているのか、「日本型ジョブ型雇用」を指しているのかという事が不透明であると感じる場合がほとんどです。
これらの例に言及すると、給与が成果に連動する形は従来のメンバーシップ型雇用であっても実現可能な事や、ジョブ型雇用であったとしても年功給を取り入れる事や評価に職能を反映させる事はできるため、「通念的な意味でのジョブ型雇用」を指してはいないのだと捉えられます。給与や評価の仕組みは「人事制度(運営方法)」という枝葉の部分であり、幹である「雇用形態(組織体制)」とは別の要素になるため、混同すると論点がぼやけてしまう事になってしまうため注意が必要です。例えば、「ジョブ型雇用」という単語をウェブで検索すると「ジョブ型雇用は、職務や勤務形態を限定し、定めた範囲の中で人材を評価する制度」などといった事が書かれているケースが非常に多く見受けられ、そういった内容は「雇用形態(組織体制)と人事制度(運営方法)が混同してしまっている」典型的な例になります。また、職務定義書(Job Description)という書面の有無では無く、組織の形や各々の役割に明確性があるかどうかという部分が「通念的な意味でのジョブ型雇用」のポイントである事も忘れてはなりません。
さらに、「ジョブ型雇用を再定義する必要がある」といった論調もありますが、正しく解釈すると「日本型のジョブ型雇用」を再定義する必要性があるという事で、「ジョブ型雇用」そのものを再定義する必要は無いと考えられます。ジョブ型の働き方は以前から世の中に存在し、ジョブ型を含め様々な働き方が研究されている事や、アメリカなどではHuman Resourcesという分野で働き方に関して100年以上研究されているため、「通念的な意味でのジョブ型雇用」に関しては1から定義する必要性は無い事に加え、むしろ「日本型のジョブ型雇用」を考えるにあたり「通念的な意味でのジョブ型雇用」を正しく理解する事が重要になります。
2. 結局「ジョブ型雇用」とは何なのか
では、「通念的な意味でのジョブ型雇用」がどういった事なのかというと、先述の通り雇用形態(組織体制)という最も基礎的な部分であり、「職務ベースで雇用を行って組織を作る」という事に尽きます。給与や評価の仕組みなどの人事制度(運営方法)は「作り上げた組織を回して行く際のやり方」であり、雇用形態(組織体制)とは異なる要素になります。その他の要素としては、「求められる人材 (ジェネラリスト/スペシャリスト)」なども挙げられますが、それらを考えるにあたり、雇用法や労働法も大きく関与します。
例えば、アメリカでは以前からジョブ型雇用で成り立っていますが、大前提として「解雇できる」(At-Will:随意雇用)という部分があった上で給与や評価の仕組みがある事や、給与に関しては裁量労働の可否を決める法律(Exempt/Non-Exemptを決めるFLSA:Fair Labor Standard Act)がある中で仕組みが考えられています。つまり、「ジョブ型雇用だから給与/評価はこうなる」という事や、「ジョブ型雇用だから雇用の流動性が高い」という事では無く、法律や商習慣などによって人事制度(運営方法)は変わって来るものであるという事を強く念頭に置く必要があります。
また、人事制度(運用方法)から逆算して考えたとして、仮に「評価に応じた給与を与えたい(=成果給)」という目的があったとしても、雇用形態(組織体制)の選択肢が片方しか存在しないという事は決して無く、法律や商習慣、または運用の難易度によっていずれかの雇用形態を選択する事が考えられます。つまり、「メンバーシップ型雇用でも成果給は実現できるが、ジョブ型雇用で運用した方がスムーズで分かりやすいだろう」という事で、「ジョブ型雇用×成果給」といった形を選択するという流れになります。
その様な観点で整理をすると、①終身雇用×メンバーシップ型、②終身雇用×ジョブ型、③随意雇用×メンバーシップ型、④随意雇用×ジョブ型、といった形で大別する事ができ、従来の日本の働き方が①、アメリカ型の働き方が④といった具合になります。現在日本で耳にする「ジョブ型雇用」の考え方や情報は④になると考えられますが、日本で④を実現させる事は難しいと予想されるため、他の形も考察する余地が多分にあります。②の例としては日本にある一部のベンチャー企業、③の例としては一部の在米日系企業が挙げられますが、これらを参考にして今後の日本の環境に合った形を見出して行く必要があります。
3.「日本型のジョブ型雇用」を実現させる際の最大の障壁
日本に合った形の「ジョブ型雇用」とは何なのか。いままで言われてきた「ジョブ型雇用なので給与が外部競争量重視である・会社と社員の関係が対等である・人材の流動性が高い」などという事は、例えばアメリカの環境では成立するものであったとしても、日本でそのまま用いられるものとは限りません。例えば、日本で職務ベースでの採用を行った際に、その職務(ポジション)が必要無くなった、あるいは採用者がミスマッチだった場合はどうなるのでしょうか。または、給与に対して外部競争力ばかり気にした結果、人件費が賄えなくなった場合はどうなるのでしょうか。アメリカの場合では「解雇」という手法によってこれらの問題を解決する事もありますが、日本の様に解雇ができない環境では別の解決方法が必要となります。例えば採用者がミスマッチで、配属された職務では起用しにくいとなった場合、解雇ができないとなると他の職務を与えるという事も考えられますが、それはジョブ型雇用では無くメンバーシップ型雇用の形になってしまいます。また、給与を外部競争力に応じて支払えなくなった場合に、対象者が自主対退職するといった事が無い場合は給与カットをせざるを得ず、人事制度(運営方法)を活かした組織運営ができなくなってしまう可能性も考えられます。余談ですが、アメリカでは給与を下げる事はまずありません。
また、職務ベースで採用するには教育の仕組みも大きく関わって来ると考えられ、社内研修や外部の研修機関など、就職後に専門性が学べる環境が社内外にあるのか、更には高校や大学の時点で専門性を学ぶ機会があるのかという部分も議論されるべきポイントになります。就職以前に受ける教育という観点では、そもそも日本の義務教育はスペシャリストよりもジェネラリストが育ちやすい風潮があるとも考えられるので、場合によってはその部分にも変化が求められるかもしれません。細かい部分では、流動性が高まる事によって雇用保障が無くなる場合、企業年金の代わりに自身でリタイアメントプランに加入できる環境なども必要になる、といった事も考えられます。
これらの課題をクリアできたとしても、次に大きな障壁が立ちはだかります。長年にわたり「終身雇用×メンバーシップ型雇用」で成り立っていた日本においては、人事や働き方の研究はこの「終身雇用×メンバーシップ型雇用」を中心に行われてきたため、自社に合った「ジョブ型雇用」の仕組みを考えられる人材が極めて少ない事や、「終身雇用×メンバーシップ型雇用」にあった年功序列によるマネジメントと今後必要となるリーダーシップは異なるとも考えられるため、仕組みができたとしてもそれを運用できる人材が少ないという課題をクリアしなくてはなりません。
これらの事を整理すると、日本型のジョブ型雇用を考えるにあたり、①法律・商習慣・環境的な部分が今後どうなるのか、②その中でどの様な人事制度(運営方法)が作れるのか、③それを運用するための方法や人材の確保をどうするのかといった順番で考える必要があると考えられます。また、そのいずれかが欠けてしまうと日本でジョブ型雇用は成立しないとも考えられるため、この流れの理解がない状態で議論がなされても、良い結果が生まれにくいのかもしれません。
4. Human Resources(≠人事)という分野の重要性
従来の日本の「人事」は、「終身雇用×メンバーシップ型雇用」を前提とした考え方であり、端的にまとめると「新卒一斉採用でどの様に良い人材を集めるか」「そして定年退職までどの様にその人材を運用するのか」といった部分が主軸となっていたと放言する事もできますが、ジョブ型雇用においてはその主軸が変わり、場合によっては「優秀な人材を採用する事」から「優秀な人材を保ち続ける事(リテンション)」といった変化が起こる事も考えられます。
Human Resourcesという分野では、先述の通り、ジョブ型雇用を含め様々な働き方や、前回の記事(【Postコロナ時代が進まないアメリカ】いま真価が問われる日本のグローバルHR戦略)でも言及した通り、海外拠点のあり方なども含め、働き方に関する様々な要素が深く研究されています。今まで日本であまり馴染みの無かったHuman Resourcesという分野になりますが、「日本型のジョブ型雇用」を考えるにあたり、改めて着目されてみるのはいかがでしょうか。
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【執筆】
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